輪講の準備と本番
大学院に進学すると、研究室のセミナー(いわゆるドイツ語の「ゼミナール」)に参加し発表する機会が増えると思います。 勉強した内容や、読んだ論文の内容、あるいは自分が調べている内容について紹介・発表する「輪講ゼミ」の準備について考えたいと思います。
■ 輪講ゼミの準備
輪講ゼミの題材が、論文なのか教科書なのかにも多少はよりますが、ここでは教科書を想定します。 まず、発表の日付が迫ってきた(一週間前など)で、発表内容についての予告をするとよいです。 そうすると運営者含む聴講者たちが輪講予習に必要な時間についての目安を立てることができます。
なお、予告するうえでは、
- 概要と範囲
- 日付と時刻
- 不明な箇所(と、それに対する自分なりの理解・解釈)
を提示すると良いです。 ゼミ・輪読は、周りの学友や講師から直接的に問題点を指摘してもらえる絶好の場です。 私は、たくさんの問題を解くことや、急いで進めることを目指すよりも、 少数の問題設定・定理・具体例・引用文献の手法分析・解析にじっくり取り組み、徹底的な分析と理解を試みる方が良いと思います。 問題や題材を徹底的に突き詰めて考えて自分の言葉にできるくらいに理解すること、そして理解していないことを明確化することは、研究活動全般においても最も重要な姿勢です。 自分が説明したい内容については、一文一句のがさず理解することを目指すべきです。 そのうえで、不明な点・わからなかったところを「分からなかった」と述べ、その不明点と自分なりの理解を比較すると良いです。 教科書が根本的に間違っていることや、数式のミスタイプ(タイポ)も往々にしてありますからね。
たとえば、ロトカ・ボルテラ競争モデルの背景にある現象論的な仮定は何か? 密度依存的な死亡と密度依存的な繁殖成功低下とは、どのようにモデルで区別されるか? こういった仮定を理解し尽くすことは、研究実践の上でも有効な訓練です。
そして分かったふりをしない。自分を誤魔化すのも、そしてわかったふりをして発表において他人をも欺くのも、時間的・機会的損失です。 「だいたいこんな感じ」という曖昧な理解ではなく、徹底的理解を目指してください。 必要に応じて参考文献を読み解くことも必要です。
また、輪講においては基本的にレジュメがあると良いです。数学など理論系の題材では手書きの場合もあります。 (ただ手書きは、視覚的再現性が低いので、LaTeXなどを用いてタイプセットしたレジュメのほうがベターかなとは思います。) そのレジュメも、題材を訳したもの、というのでは不十分です。それならもはや、ChatGPTに任せたほうが速いし多分正確です。 レジュメを作るうえでは、(1)著者の主張と(2)自身の理解、を明確にわけるべきです。 もしも自身の理解が著者の主張と一致している場合、原則的には著者の客観的主張を要約して記述すると良いと思います。 ただしそこで意訳しすぎてしまうと、自己解釈が入り混じってしまうので要注意です。また、必ずしも自身の理解と100%は一致しないとも思いますので、自身の理解などについては、それが自身の理解であることがわかるように補足すると良いです。 体裁としては、題材通りのsectioning(章・節などの明示)を行ない、箇条書きを行なうのが良いのではと思います。 全文和訳することを推奨する研究室もありますが、私個人的には、英文解釈のための訓練は別機会に行なうべきという考えです。
理想的には、本番前に練習をすると良いと思います。練習の目的は、パフォーマンスをうまくやることではなくて、理解した内容を自分の言葉として口に出せるかどうかを確認するためです。 案外、話しているうちに詰まってしまうこともあります。それ自体は良いのですが、詰まってしまうとどんどん焦ってきてしまって、自分の伝えたい内容を伝えられなくなることも多いです。
■ 輪講ゼミの本番
実際の本番ではとにもかくにも、最初に発表内容の概要を話すとよいと思います。 自分がわからなかったところがあったかどうかについても軽く言及すると良いでしょう。
そして、話す場合は必ず、自分の理解と記述内容とを、相対化しましょう。これはレジュメ作成時の原則とも共通しています。 しかし、内容だけでなく、形式も大事です。発表は、講釈ではなくコミュニケーションです。そのために、
- はっきりと、
- ゆっくりと、
- ネクサス(主語と述語/結論)を明確に、
- 「えーっと」、「あの」などのフィラーを減らすことを意識しながら、
- 自己混乱に気をつけ、
- 頭の中を整理しながら
話しましょう。また、板書にしろレジュメにしろ、
- 定理は明文化する
- 演習問題は、前提・問題文そのものを明文化する
- 論理関係を明確化する
- 図を使う
と良いです。聞いているものは前提を簡単に忘れます。書いておくと前提の共有になりますし、凡ミスを防ぎやすくなると思います。
発表はどうしても岡目八目になりがちです。計算しているときの符号のミスなどはその典型です。 書き間違い・言い間違いを指摘されることを恥と思う必要はありません。 しかし自分の理解が怪しいような状態で発表を「こなす」ことを目指すのは無益です。 有益な場とは、題材に関する参加者の相対理解が深まる場です。
なお、個人的には、アウトラインこそ確認する必要はありますが、ノートを見ずに発表することを目指すと良いと考えています。 それくらいに準備の段階で見通しよく理解を深められていると、発表がオマケとなりうるほどにまで、実力がついたことの証左となります。 もちろん難しいですが、数学を学ぶ学生は特に、こうした理想形を意識しておくと良いです。 まあもちろん、発表時間がたんまりある場合にしか、この方法は採用できません。また、そのためには丁寧に練習しておく必要もあります。
質疑、あるいは参加者からの質問に答えるのは、とても難しく、とても本質的なものです。 その際、質問は最後まで聞き、質問に返答を重ねないようにするのは徹底してください。 質問に返答を重ねるのは、賢さを表すことにはなりません。失礼かつ、全体にとって無益です。(同じ理由で、演者の回答を最後まで聞き、コメントや質問を重ねるべきではありません。) ちなみに私はAuditory Processing Disorder (APD)なので、複数の音声を同時処理できません。 また、イエスかノーで答えられることはまずそれを答えてから具体的な内容を説明するようにしてください。 たとえば「10行目のここ、これはAという意味ですか?」と聞かれたら「はい」ないし「いいえ」でまず答えてください。 それを答えることなく説明をだらだらと行なわれると、質問した内容についてイエスなのかノーなのか、回答がとてもわかりにくいです。